深川秀夫先生

9月2日恩師である深川秀夫先生がお亡くなりになりました。

バレエ界に身を置いている方なら誰もが知っている『世界の深川』です。

秀夫先生は、1965年ヴァルナ国際バレエコンクール銅賞、1969年モスクワ国際バレエコンクール銀賞。日本人として初めてニジンスキー賞受賞。など、ここには書けないくらい輝かしい経歴をお持ちの先生です。

あのバリシニコフにも恐れられ、『フライングジャパニーズ』と呼ばれていました。

今こそ簡単に海外へ行ける時代。当時のことを思うと、さぞご苦労があったかと思います。

ずっと海外で活躍していた秀夫先生に初めて出会ったのは、私が当時所属していたバレエ団が秀夫先生を招聘し、振付やWSを開催してくれたことがきっかけでした。当時私はまだ十代。

秀夫先生から初めていただいた言葉『景子〜チャラチャラするな〜』この場合のチャラチャラは今の『チャラ男』とか『あの子チャラチャラしてるね』で使うチャラチャラではありません。

シェネでアンナバンが安定しなかったり、首を付けずにピルエットを回ると『チャラチャラまわらない』とよく言われたものでした。

先生はチェリーピンクのトウシューズがお嫌いで、『チャラチャラした色』とおっしゃっていました。実は当時私が履いていたトウシューズメーカーがチェリーピンク色だったので、先生に見つかってしまった時は『景子、お前までチャラチャラピンク履いてんの?ヤダからやめなさい』と叱られたものでした。

レッスンを初めて受けた時のことは残念ながら緊張であまりよく覚えていません。秀夫先生は長くドイツで踊ってらっしゃったので、時々混ざるドイツ語が、より私をパニックにさせました。レッスンは厳しく、終わったあとは全身筋肉痛。いかに普段使っていないかがよくわかりました。そして、次の日のレッスンが軽く、体幹がしっかりしているのにビックリした記憶があります。

私がバレエ団で指導をしている姿を見て、『景子はいつも大阪弁で指導してるの?オーロラ姫って大阪弁喋る?』『大阪弁で指導すると、大阪人のオーロラ。名古屋弁で指導すると名古屋人のオーロラになるから必ず標準語で指導しなさい』と注意を受けました。ちなみに先生は名古屋ご出身です。それからはできるだけ標準語で指導するよう、心掛けてきました。

秀夫先生の上半身の使い方の美しさ、オーロラ姫にこだわるご指導。先生から学びたくて、個人レッスンもお願いしました。『世界の深川』から学んでいるありがたさ、緊張、恐れ多いと感じながらも、当時の私は学びたい気持ちが勝ち、無我夢中でレッスンを受けました。

そして、秀夫先生からは、ダンサーには心が大事なこと。『景子、脚は天才、脳みそからっぽのダンサーや指導者には絶対なってはいけないよ』と教えてくださいました。いつも謙虚で礼節を重んじることを『世界の深川』から直接ご指導を受け、今の自分が存在するような気がします。

お写真を撮影しようとすると、『気持ち悪いからアップはダメだよ』とおっしゃり、お茶目な一面もあり、いつも笑わせてくださいました。

厳しくても、人を傷付けない愛情たっぷりの指導。

数年前よりご病気で闘病生活を送ってらっしゃったことは存じ上げていました。

秀夫先生に叱られないよう『景子〜チャラチャラするな〜』と言われないよう、これからも精進していきます。

ご冥福をお祈りいたします。秀夫先生ありがとうございました。